**誓いてし scene9 暗い森
俺の腕に巻き込まれながら、族長がゆっくりと目を閉じる。蒼ざめた頬に、長い睫毛が陰を落とす。彼は己を差し出した。誓いを破った咎として。
−−−−−−知っていた。彼が、そうするであろうことを。そうさせたくなかったのに…、でも、もう遅い…、もう何も考えられない…
指が震える。彼の服の結び目を解こうとしても、焦る指先はただ震え、罵り声がついて出る。族長が静かに身を起こし、無言で自分の服の結び目を解く。俺は待ちきれず、次第に露わになる肌に夢中で貪りつく。
自分にはいっさい余裕がない。彼と触れあっている全ての皮膚が、それだけで俺に目の眩むような情欲をもたらし、身体が燃え立つ。
自分にはいっさい余裕がない。愛する獲物を味わう惑乱と快感で、固く猛った弓なりは、その肌に触れただけで簡単に果て、彼の肌を汚す。
自分の熱狂とは正反対の、アラゴルンの醒めた肌。
「…っく!…っはぁ…」
彼を叫ばせたくて、なめらかな肩口を思い切り噛み、痛みから忍びでた彼の声に惨めな愉悦を感じる。
−−−−−−惨めだ、惨めだ、俺にお似合いの惨めさだ。
静かに、諦めたように身を任せながら、俺が貫こうとしたした瞬間、初めてアラゴルンが怯えた表情を見せた。その顔に、俺の暗い心が悦びの歓声をあげた。無意識に逃げようとした細い腰に腕を回して引き寄せ、俺は残酷に告げる。
「嫌なんですよね…、分かってます。俺はヌメノールの血を引く、数少ない血族。あなたにとって、俺は同族の弟のようなもの。俺と契ることは、あなたにとっては近親者と交わるのに等しいのでしょう?」
肯定するように、アラゴルンの身体が俺の腕の中で強ばる。
「でも、俺には権利がある。あなたは、誓いを破ったんだから…」
そして俺は、犯した。命かけて守りたいと思った、その人を--------------。
自分の中に、こんなに暗いモノがあるとは知らなかった。暗い、暗い森だ。あの闇の森の中で自分の中に芽吹いた暗黒が、始末に負えないほど大きく育ち、行く手を阻んで何も見えない。
もう、何度抱いたのか、いったい幾日たったのか、時間の観念も、理性も、恋する人への甘やかな気持ちも、愛も慈しみも何もかも、自分の中の良きものは、どこか彼方へと去ってしまったに違いない。
かわりに今自分を支配しているのは、肉欲と執着と加虐と情念と…。
アラゴルンは憔悴している。ガンダルフとの合流地点へ向かう行程、馬で移動している時と食事の時、そしてわずかな眠りの時間以外は、俺がその身体を貪っているからだ。
彼は決して拒まない。だが、俺が近づくと無意識に身体を固くする。そのまるで初心のような反応に俺は苛立ち、ますます彼をむごく扱いたい衝動に駆られる。
「抱かれるのは、俺が初めてではないでしょうに、どうして身体をこわばらせるんです」
アラゴルンは何も言わず、ただ顔を背ける。蒼ざめる固い横顔が、俺の加虐に火を着ける。
行為が始まると、アラゴルンは気持ちも身体も強ばらせ、きつく目を閉じる。逃げたがっているのがありありと伝わってくるのに、彼は必死に自分をなだめて俺に身体を開こうとする。彼は自分の感情を押さえ込み、その身体を俺に差し出す。
−−−−−−これは俺に捧げられた生け贄、これは手折られる花、むしられる美しい模様の羽もつ蝶。
−−−−−−睦言も無く、甘い口説も無く、獣のようにこの人を貪る。
−−−−−−堕ちる、堕ちていく、この美しい人を引きずって奈落へと。
そして、やがてそれは訪れる。
ゆっくりと理性を手放し、黒髪を乱して、アラゴルンが俺の動きに応えてくる。満ちて退く潮さながらに、彼の身体がたわみ、のけぞり、淫らにうごめき始める。
結局彼は、こういう行為に慣れているのだ。火遊びとアラゴルンは云った。数々の火遊びをエルフ達と繰り返してきたのだろうか。あの、緑葉の王子とも…。
嵐のような嫉妬に、目の前がぶれる。
沸き起こった怒りに、結合したまま、彼の頬をはる。
「淫売!こんな風にされても感じるのか!?」
アラゴルンは俺の殴打にも、いわれのない罵倒にもいっさい逆らわず、目を閉じる。
「結局、あなたは、誰でもいい!誰とだって寝るんだ!」
不意にアラゴルンは、何かを言いかけたが、俺は乱暴な口づけでそれをふさぐと抽挿を早めた。
−−−−−−何も聞きたくない、あなたの喘ぎ声の他、言い訳も慰めも、何も聞きたくない!
抱けば、抱くほど虚しくなる自分が惨めで、その惨めさが全てアラゴルンへの怒りと変わる。
とけて、とろけて交わり、このまま一つになってしまいたいのに、それは俺だけの一方的な想い。
心を殺したこの人の、この身体はただの骸。その骸に挑んで、何度も果てる、その虚しさ。
振り向いて、彼にすがり付き許しを請いたい衝動がわき上がったが、俺はそれをこらえた。俺がやりたかったのはこういう事だったのか、本当にこういう事だったのかと、頭の中で何度も同じ問いがよぎる。
何もかも、全ては遅すぎた。