**誓いてし scene6  白い花綱


 スランドゥイル王との会見がつつがなく終わると、その後はすぐさま祝宴となり、アラゴルンとハルバラドは客人として丁重にもてなされた。
 夜も更けた頃、闇の森の王子がそっとアラゴルンの袖を引いて二人で飲もうと持ちかけてきた。ハルバラドはどうしているかとアラゴルンは少し気になったが、部下のドゥネダインは早々に与えられた部屋に引き払ったらしく見当たらない。久しぶりに、この幼なじみともいうべきエルフの友と語らうのも悪くない。エルフの誘いにうなずくと、王子はあでやかに笑ってアラゴルンの手を取った
レゴラスは、幾つもの角を曲がり迷路のような回廊を抜けて、岩屋の一角にある、そこだけ天井が無くぽかりと開けて夜空が拝める美しい中庭に彼をいざなった。

 庭にしつらえられたあずま屋は、丸い天蓋を戴き、さながら小さな宮殿のよう。ぐるりと取り巻く円柱には、甘い香りを夜気に放つ、白い花を咲かせた蔦が絡んでいる。
「岩屋にこんなところがあるとは」
感嘆して庭を見回すアラゴルンに、レゴラスが満足そうに言った。
「ここは、僕の庭。そうだな、シークレットガーデンみたいなもの。僕以外は庭師しか入ることが出来ない。ずっと君にここを見せたいと思ってたんだ。どう?裂け谷とはまた違う美しさだろ?」



「最近、僕らの一族の誘いをことごとく断っているんだってね」
 レゴラスは、あずま屋に置かれた椅子に腰を下ろしている。酒瓶と杯を乗せた小卓を挟んで、向かいの椅子に腰掛けたアラゴルンが顔色一つ変えずに言った。
「何の話だ」
「とぼけてもダメだよ、君の事は全部僕の耳に入ってくるんだから。別に責めている訳じゃない。むしろ…、そうだな、むしろ僕は嬉しいけど。他の・竄ツらが君に触れるなんて腹立たしいだけだし」
「馬鹿ばかしい」
「今更アルウェンに操立てしてるとは思えないんだけど、どういうことなのかな?」
「理由なんか無い」
「そう?でも」
レゴラスは、すいっと立ち上がるとテーブルを回ってアラゴルンの傍らに回って、その肩に手を置いた。
「まさか僕の誘いは断ったりしないよね」
ちらりと肩に置かれたエルフの手を見たが、アラゴルンはすぐ視線を真っ直ぐに戻した。
「今までも、おまえの誘いに乗った事は無い筈だが」
「そう、不可抗力の場合以外はね。でも、何事にも初めてってことがあるじゃない」
エルフが、後ろから抱きしめるように両腕を巻きつけてくる。
「レゴラス、離せ」
「嫌だと云ったら?」
「わたしは本気だ」
アラゴルンが、ベルトに差していた小刀の束に手をかける。
「それを抜いて僕に切りつけることができるの?」
「おまえ次第だ」
レゴラスが構わずに顔を寄せて耳元に口付けしようとしたので、アラゴルンは素早く小刀を抜いて相手の喉元に切っ先を突きつけた。その刃先を見て、エルフがおもしろそうに言った。
「僕の喉を裂けるの?君が?」
「やりたくは、ない。だから、離れて欲しい」
静かだが、決然とした言い方だった。レゴラスはため息をつくと、アラゴルンの身体に回した腕を解いて、東屋の円柱に寄りかかった。
「相変わらず、僕には冷たいんだな。ま、いいけど。君は大抵の者に優しいから、僕にだけ冷たいっていうのは、悪い気分じゃない。僕には本音で付き合ってくれてる証拠だと思うし」
「別に、おまえに冷たくしているつもりはない」
アラゴルンが、微かに眉をしかめる。
「僕の求愛を断っておいてよく言うよ」
「お前のは、求愛じゃなくただの性欲だろ」
「性欲か…、君だって他のエルフとは寝るくせに、何で僕だけ駄目なのさ」
「おまえは友だ。友とは寝ない」
「ご立派な信念なんだろうだけど、僕にはありがたくないな」
そう云って、レゴラスはアラゴルンをじっと見詰めた。


――――――長居しすぎたようだ。
 アラゴルンが帰り時と腰を浮かせると、エルフが引きとめた。
「まだ行かないでよ、もうこの話は止めるから。ほら、飲もうよ!とっておきのワインがあるんだ。ドルウィニョン産の逸品。君が来ると聞いて用意しておいたんだ」
ぶどう酒の瓶を取り出して微笑むレゴラスを見て、アラゴルンは戸惑ったが浮かせた腰を下ろした。
「それは、お父上の秘蔵品なんじゃないのか?」
「ふふ、地下倉の番兵長に鼻薬をかがせておいたのさ」
エルフの王子は、いたずらっぽく笑いながら新しい2つの杯にぶどう酒を注ぐと、アラゴルンに勧めた。
「乾杯」
アラゴルンがひと息で飲み干すと、口の中に血のように濃く、力強い香りがひろがった。



「暑いな…」
 野伏服の襟元を緩めながら、それほど飲んだはずはないのにと、酔いを感じてアラゴルンは不思議に思った。目の前が朦朧として、身体が熱を帯びてくる。
「水が欲しいんじゃない?」
レゴラスが硝子の杯に水を入れて差し出し、アラゴルンに声を掛けた。
「ああ、すまない…」
受け取ろうとして手を伸ばしたのに、うまく掴めず空中へそれてしまった。それを見てレゴラスがくすくすと忍び笑う。
「酔ったらしい…」
頭を左右に振り、アラゴルンが心許なげにつぶやく。
「そうだね、たぶん…、疲れているんだよ君は」
僕が飲ませてあげる。そう囁くと、レゴラスは水を口に含んでアラゴルンに口づけした。
こくりと水を飲み干したが、レゴラスの唇は去らず、ゆっくり舌をからめてくる。
「……ん…」
深い口付けが自分にもたらした感覚に、アラゴルンは戸惑った。じんわり四肢の力が抜けて腰に甘い感覚が広がる。
「感じるんだね、僕のエステル」
レゴラスが、目を細めてほくそえんだ。
「レゴラス…、なにを…」
アラゴルンは腰を抱き寄せるレゴラスの手から逃れようともがいてみたが、身体には力が入らず、それどころか、身体はいっそう熱を持ち、更なる快感を求める。
「お…ま…え、何を…した」
眉根に皴をよせて、レゴラスを睨みつけてみたが、それはいっそ媚態のようにコ惑的な表情で、エルフの若殿はいっそう微笑するばかり。
「ほんの少ぉし身体の自由を奪う薬。媚薬の効果もあるらしいけど。さっきの美酒に入れておいた。エルフには効かないけど、君は人間だからね。」
アラゴルンが必死に身をもぎ離そうとして、カクリと床に崩れおれた。
「かわいい人だね、もう観念したら?何も考えないで、僕に身を任せてごらんよ」
レゴラスはアラゴルンを抱き寄せながら囁く。
  触れられただけで、媚薬が効き始めた身体はうねりのような快感を引き出す。快楽に抗うのは儚き人間の身には辛いこと。だが、アラゴルンにはを守らねばならぬものがあった。


ハルバラドと交わした、貞操の誓い。

 アラゴルンは意のままならない自分の身体を叱咤し小柄を抜こうとして、レゴラスにその手首を捕まれた。
「はな…せ、クソえるふ!」
「何とでも、君の声を聞くのは好きだな」
アラゴルンは次第に云うことを聞かなくなっていく身体に必死に命令を下し、目の前のエルフを蹴り上げようとしたが、その足首も易々と捕まれてしまった。
「君らしくないな。君は自分のことに関してはあきらめが早い方だと思ってたんだけど。いつもなら半ばどうでもいいと思っているくせに、いったいどうしちゃったのさ?」
「頼む…レゴラス、やめ…てくれ…!」
「嫌だね。君の頼みでも、それは聞かない。もう長いこと僕を袖にしてきた罰さ」
エルフは、あずま屋の円柱に絡んでいる、甘い芳香を放つ花を咲かせた蔦に手を伸ばすと、それをアラゴルンの手に絡めて動きを封じた。
「やめ…!レゴ…ラス!」
「仕方が無い、もうあきらめなよ。君は僕に騙されて、身を貪られる哀れな小鳥。悪いのはみんな僕なんだから。」
そう云うと、レゴラスはアラゴルンにゆっくり覆いかぶさり、肩にかかっていた黒髪に指を這わせて首筋をあらわにすると、その肌を舐った。
「…っ…!」
襲って来る快感を、アラゴルンが声を殺して必死に耐える。
本人の意図とは裏腹の、その扇情的な様子をうっとり味わいながらエルフが囁いた。




「愛しいエステル、僕には媚薬はいらない。君の全てが僕を狂わせるから」





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