**誓いてし scene5  闇の森


 闇の森と呼ばれる歳月を経た陽も射さない鬱蒼とした森に入ると、周囲は薄闇に閉ざされ見通しがきかなくなった。
この森に入ってからというもの、ハルバラドは周囲から見張られているような気がして落ち着かなかった。幾千もの小さな目に一挙手一投足見張られているような不安な気配。
 頭上でぴしりと小枝が折れるような音がした気がして、ハルバラドは咄嗟に腰に下げた剣の束に手を掛けたが、次の瞬間その手の甲に小石が命中した。
「族長!奇襲です!」
「待て、早まるな!」
アラゴルンの静止を聞かずにハルバラドが剣を抜いたが、次の瞬間に後ろから誰かに喉元に剣を突き立てられ、身動きができなくなった。気が付くと、二人はエルフの小隊に周りを囲まれていた。
両手を挙げて、戦意のない事を示しながら、アラゴルンが叫ぶ。
「我々は敵ではない。わたしはアラソルンの息子アラゴルン。いま一人はドゥネダインの同胞ハルバラド。闇の森の王スランドゥイル様に用があって参った」


「どうしようかな。条件しだいでは、会わせてあげないこともないけど」
 頭上から声がして、大木の枝の陰からひときわ印象的なエルフが現れた。
「レゴラス!」
「エステル!」
 族長を“希望”という意味の幼名で呼んだエルフは、金の長い髪をなびかせ、ひらりとアラゴルンに向かって飛び降りてきた。面食らったアラゴルンが、「わっ」っと短く叫んでエルフに抱きとめると、そのまま背中から地面に倒れこむ。
「エステルったら、すっかり大きくなっちゃって!なんで今まで会いに来てくれなかったのさ」
「ちょ、ちょっと、まずどいてくれレゴラス」
「久しぶりなんだからハグさせてよ、・=`!僕のエステル!」
ここへ来る途中、闇の森のエルフについての必要な知識を仕入れていたので、ハルバラドはその・癘リのような姿のエルフがスランドゥイル王の子息、緑葉の王子だとは予想がついたが、二人の様子にいささか面食らった。族長は、王子とは顔見知りだとは云っていたがこんな風に親しいとまでは聞いていなかった。相手の勢いに気おされながらも、アラゴルンも決して嫌がってはいない。
 見ている内に気持ちがざわざわと波立つのを感じた。アラゴルンは全てのドゥネダインに敬愛されているが、族長であり、王統の血を引くものであり、こんな風に馴れ馴れしく接するものはいない。どちらかといえば、自分こそは副官でもあり、最もアラゴルンと近しくしているという自負もあった。つまらない独占欲だとは思っても、この、一見まるで歳の足らないほんの若造のように見えるエルフに、どうしようもなく不快感が沸いてくるのをハルバラドは感じた。
 ハイテンションでアラゴルンにキスをせまっているエルフの肩に、ハルバラドは手を置いた。
「それくらいにしてもらえませんか、族長が困っておられます」
憮然とした声に、エルフが振り向いていぶかしげに尋ねた。
「君は?」
「ハルバラド。わたしの片腕だ」
起き上がりながらアラゴルンが紹介する。
「片腕?」
「お初にお目にかかります。若輩ながら、ドゥネダインの副官を拝命させていただいております」
ハルバラドは自分の内心を悟られたくなくて、ことさら平坦な口調で挨拶をした。
「ふうん」
エルフの王子は、ハルバラドを一瞥すると言った。
「僕はスランドゥイルの息子レゴラス。よく参られた、ドゥネダインのハルバラド。アラゴルンの同族なら歓迎しよう。」
慇懃に挨拶すると、王子はガラッと口調をを変えて、アラゴルンの腕を取った。
「エステル、岩屋まではまだ遠いから、僕の馬で行こうよ」
「なんでわざわざ相乗りなんだ」
「僕の馬の方が速い。君の馬は他の者が連れて来てくれるから大丈夫さ」
「わたしはまだ承知していないぞ!」
「駄目だね。一緒に来ないなら父上に会わせてあげない。エルフの案内無しには、岩屋へはたどり着けない事くらい知っているだろ?」
やれやれというように、アラゴルンは肩をすくめると、ハルバラドに向かって先に行くという仕草を・オた。不承不精うなずいたハルバラドを、レゴラスがアラゴルンの肩越しにちらりと振り返った。
 一瞬ハルバラドは、この自分と幾つも違わなく見えるエルフの、真実の年齢を垣間見た気がした。エルフは、歳を経た目で自分の浅い心の底を見透かしていた。その目は、自分の押し殺したアラゴルンへの気持ちを読み取り、強者が弱者を見下すように哀れみ、そしてあざ笑っていた。



--------------身の程知らずの恋をした者よ、お前には、勝ち目がないぞと。





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