**誓いてし scene1 ある夜の出来事
今日の野営地は森のはずれだった。
今回は大規模なオーク征伐のために、ドゥネダインの一族の戦いに参加できるほとんどのものが遠征していた。普段は単独行が多い族長であるアラゴルン2世も参加しているので、ドゥネダイン達の士気は高く、成果も喜ばしいものであった。つつましい祝宴も終わり、夜も更け今はオークの奇襲にそなえて見張りに立つのもの以外は、とうに自分の寝場所で休んでいた。
ハルバラドは、見回りを終えて休む前にふとアラゴルンがどうしているか気になった。先刻エルフが一人、なにか情報をたずさえて族長を訪れたのだ。エルフやイスタリ達は時々不意に訪れる。気配に聡いドゥネダインとて、彼らが意図して気配を消すと知覚するのはかなり難しくなるのだが、今日のエルフは使者として正式に野営地を訪れていた。
-------------------もしや、何か重要な知らせだったら、族長が自分を必要とするかもしれない。特に呼び声をもらったわけではないが。
呼び声とは、遠くにあって声に出さず意識の中で話しかけて、相手に意思を伝える技だ。彼が一族の中で弱輩であるにもかかわらず、アラゴルンの片腕として実質上ドゥネダインの副官の位置にあるのは、誰よりもさとくアラゴルンの呼び声に反応する、この能力のゆえ・セった。もちろんそれだけではなく、剣の腕も中つ国一の剣士と称えられるアラゴルンと戦って、3本に一本は彼を負かす腕前であり、陽気で率直で公平な人柄でも一族の信頼を得ていた。
ロスロリアンからの使者は確か…。ハルバラドがそのエルフの名前を思い出そうとしたとき、ささやくような声が聞こえた。
「やめろ、ハルディア」
アラゴルンの声だった。その声に含まれるなにかプライベートな気配に、ハルバラドは息をひそめ、とっさに木陰に隠れた。
「今日はつれないんですね」
歳を感じさせない、エルフ独特の声が含み笑いといっしょに応じた。
「今日に限ったことじゃないはずだが」
アラゴルンがそっけない返答を返す。
二人が話している言葉はエルフのシンダール語だったが、ドゥネダインの当たり前の知識としてハルバラドには易々理解できた。
「昼夜休まず馬を走らせてきたんですよ。あなたに会いたい一心で。なにかご褒美をくれてもばちは当たらないと思いませんか?」
理屈にもならない戯れ言を投げかけるエルフは、あきらかに楽しんでいる。
「今日は疲れているんだ」
ため息といっしょにアラゴルンがつぶやく。
「あなたは何もする必要はありませんよ。わたしになされるがままに」
アラゴルンはもう一度短くため息をつくと、億劫そうに云った。
「子供のころからエルフと言い争って勝てたためしはない。好きにしろ」
ふふっとエルフが闇の中で笑った。
アラゴルンの身をつつむ、野伏の服の結び目をエルフの長い指がひとつひとつ解いていく。
しだいに露わになる肢体は、しなやかな筋肉に覆われ夜目にも美しく官能的だった。
「ハルディア、服を脱がせるな!いつオークの奇襲があるかわからないのに」
「ふふ、心配なさらずとも、邪魔が入ったらわたしが即座に片付けてさしあげますよ」
ハルバラドは、魔法に縛り付けられたようにその場を去れずにいた。
唇が切れるほど、叫びをかみ殺し、飛び出していってあの不埒なエルフをアラゴルンから引き剥がしてやりたいのに、馬鹿みたいに二人の行為を眺めていた。
族長が、エルフに組み伏せられる姿からどうしても目が離せない。
それは、この世でもっとも見たくないアラゴルンの姿であるにもかかわらず、二人の姿に、頭をもたげ固くいきりたつ自分の中芯が惨めだった。
そう、ハルバラドは人知れずアラゴルンを恋慕っていた。