**星を仰ぎて エピローグ

 一行が奥谷を疾駆していく様を、堤防や城砦の守りに残されたローハンの騎士達が見送っていた。  
 

 彼らの中のある者が、指輪戦争が終結した後、炉辺で孫を相手に、好んでよくその思い出を語った。

 

「ゴンドールの王様になった方のすぐ後ろを、黒い布を巻きつけた丈高い棒を持った、背の高いお方が駆けておいででなぁ。あのお人、それは厳しいお顔の方で、初めてお見かけした時、王様よりもだいぶお歳が上だろうと思っていたもので、最期に見た時、わしは見間違えたかと思ったよ」
 老人は遠い日に想いをはせ、目を細めた。
「それは、幸せそうなお顔でなぁ。まるで、大好きな人の後を追いかけていく少年のようだった」
 
 老人の膝元で、丸々とした頬の孫達が目を輝かせて聞き入っていた。何度も聞いた話だが、子供達はこの話しが大好きだった。その中で一番年嵩の子供が、ふと不服そうに口を利いた。
「でもおじいちゃん、その人、死んじゃったんでしょう?ペレンノールで。その時は、そんな事知らなかったんだよね、なんだか可哀想だよ」
 老人は頬を緩めた。いつも、ただ昔の冒険譚を聞くように聞いていた小さな孫が、いつの間に、人の心をおもんぱかるようになったのか。彼は、白髪頭を横に振ると、孫に語りかけた。
「いいや、あのお方は可哀想な人じゃないよ。こっちへおいで」
 老人は、その子を膝に抱き上げた。
「わしは、ヘルム渓谷の戦の時、頭数あわせに駆・闖oされたほんの少年だった。剣の使い方もろくに分からず、不安で途方に暮れていたら、まだ王様じゃなかったアラゴルン様がお声を掛けてくださった」
「知ってるよ!『これは、いい剣だ』っておっしゃってくださったんだよね」
 子供達が口々に叫んだ。みんなが大好きなくだりだった。あの素晴らしいゴンドールの王様と、おじいちゃんはお話しをした事があるなんて。
「ボロボロの剣だったんだけどなぁ。あの時、生きて夜明けを迎える事はあるまいと誰もが思っていた。歴戦のマークの騎士達でさえもだ。だが、アラゴルン様は言われた。『希望は、いつでもある』と」

 老人は、思いを馳せるように目をつぶった。
「あの瞬間、わしの胸は尊敬と崇拝で一杯になった。この人に、ついて行きたい!と。この人の行く所へなら、どこへでもお供したいと。焦がれるような気持ちじゃったよ。そして、あのドゥナダンのお方は、そうされたんだ。王様の後に従ってどこまでも。あのお方は、決して可哀想な方じゃない」
 駆けて行くハルバラドの横顔が、老人の脳裏にまざまざと浮かんだ。
「幸せそうなお顔だった。本当に、大好きな人の後を一生懸命追いかけていく少年のようで、わしはあの時、とても羨ましいと思ったもんだよ…」
 子供たちの母親が、そっと声をかけた。
「さあ、もう寝る時間ですよ。ハレスおじいちゃんに、お休みをいいなさい」
 

 
  *** 

 

 指輪戦争は、小さき人の大いなる勇気と献身と、それを支えた数多の者達の尽力で終結した。中つ国にはゴンドールの王と共に平和が戻り、英雄譚も、もう昔語り。
 だが、人々は忘れない。あの戦で、歌にも残らなかった名もなき多くの者が、いかにひたむきに戦ったかを。
 
 

 その中に、一人の男がいた。
 その名はハルバラド。
 北方ドゥネダインの一人。
 族長アラゴルンその人へ、一身を賭して仕え、ペレンノールで散った。
 勲すら残っていないが、彼を覚えている数少ない者達は皆、口を揃えて言う。
 

 信念の元に、命を全うしたその見事な生き様を称え、

 

 

 

 

 

―――――――― 彼ほど幸せな男は、滅多にあるまい。
彼は、中つ国で一番幸福な男だった、と。



 

 

 

 

-----BGM/J. Brahms String Sextet No.1 In B-Flat Major Op.18 Act2


最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。最初に予定していた裏話を、なかなか書けなかった事だけが心残りです。
色々な方から「族長賛歌」と、私にとっては何よりの褒め言葉をいただいた、宝物のような話です。
裏話の代わりに、WEBならではのお裾分けを。
この話のBGMとして、執筆中ずっと「ブラームスの弦楽六重奏 作品18 第二楽章」を流していました。興味がある方は、曲名をクリックしてみてください。(環境によっては聞けない方もあるかもですが)。
バイオリン×2、ヴィオラ×2、チェロ×2の弦楽器6台で演奏される大好きな室内楽です。重厚だけど、どこか希望に満ちた明るさのある曲で、覚悟を決めた男の花道にふさわしいのではと。

最後にもう一度。
本当に 読んでくださってありがとうございました。えー、本もまだ残部ありますので、そちらもよろしくです(笑)。では!





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