**出待ち
夜明け近く、アラゴルンはエルロンド卿の館の、西翼にある部屋からひっそりと退出した。背にした大きな扉には、その部屋の女主人を象徴する宵の明星の装飾が白い宝石で象嵌されている。その美しい扉にもたれると、アラゴルンは深くため息をついた。
愛しい恋人は手の届くところにいる。だが、これ以上触れることはかなわぬ。それでも、自分は幸せなのだ。とも言い聞かせてみる。
「この不安な時代に愛する人がある。そして、その人も自分を愛してくれている。それ以上を望むのは不遜というもの…」アラゴルンは呟いてみる。それでも…、と深く悩ましいため息がついて出る。
そのとき柱廊の陰からエルフ特有の丈高く、ほっそりとしたシルエットがアラゴルンに声をかけた。
「そんなとこで色っぽいため息ついてないで、僕の部屋に来たらどう?」
「嫌だ」
顔も上げずに、アラゴルンは即座に返答した。
「久しぶりに会ったのに、ごあいさつだなぁ」
「お前の考えてることぐらいお見通しだ!」
「何々?僕が何考えているって?」
レゴラスは、はしゃいだ調子でそういうと、アラゴルンの伏せていた顔に手をのばしてこちらに向かせようとしたが、振り払われた。
「このセクハラ・エルフ!」
アラゴルンは目尻を赤らめてそう叫ぶ。何しろ、以前その言葉に騙されてうかうかついていったら、危うく大変な目にあいそうになっちゃったのだ。
「エステル、お行儀が悪いぞ〜!目上の人に会ったらまずきちんとご挨拶だろ?パパ・エルロンドに言いつけちゃうぞ」
「エステルいうな!」
アラゴルンが真っ赤になって反論する。
「見た目は僕を追い越しちゃっても、僕・ヘ、あなたより2000歳以上、年上なんだけどなー」
「うっ」
意地悪く云うレゴラスに痛いところをつかれて、アラゴルンは口ごもった。
「ほら、エステル、やり直し。ご挨拶は?」
「ううっ…、や、闇の森の王子、スランドゥイルの息子レゴラス殿、ご息災か」
「よくできました〜、ご褒美は王子からの熱いキッスでーす!」
がごん!と音がして、アラゴルンがレゴラスの顎にいっぱつくらわせた。
「こら、目上の者に何を〜」
レゴラスが叫ぶと、別の声が続きをさえぎった。
「いいかげん、それぐらいにしておいてもらいましょうか」
「エステル、こちらへおいで」
似通った声の、微妙に違う二つのトーン。そこにはエルロンドの双子の息子達がくつくつ笑いながら立っていた。
「エルラダン!エルロヒア!」
ホッとした表情を隠そうともせず、アラゴルンが破顔して二人のもとに走り寄った。アラゴルンの恋人アルウェンの兄にあたる双子は、幼いアラゴルンをエルロンド卿とともに慈しんでくれた、アラゴルンにとっても慕わしい兄のような存在なのであった。
「エステル、お前が裂け谷を訪れていると聞いて」
「オーク狩を中断して戻ってきたのだよ」
そう云うと、二人は両側からアラゴルンの頬に同時にキスをした。
「あー、なんだよ!ずるーい!僕のキスは嫌がったくせにぃ!!」
レゴラスからクレームがついた。
「お前のは下心が見え見えなんだよ!」
アラゴルンがべーっと舌を出して見せる。
「エステル、しばらく会わないうちになんて大きくなって」
感極まったように云うと、エルラダンは右からふわっとアラゴルンを抱きしめたが、その腕の中でアラゴルンは居心地悪そうに身体をちぢめた。
「えーっと、大きくはなっていないと思うんだけど…」
「エステル、また痩せたね…。僕達の部屋へおいで、おいしい菓子があるよ」
エルロヒアが左からアラゴルンをぎゅっと抱きしめる。
「菓子って…、私はもう子供じゃないんだが…」
小さくアラゴルンがつぶやいた。
人間としては、とっくに成人してる年齢なのに、いつまでも子供扱いするエルフの双子は、時としてアラゴルンをいたたまれない気持ちにさせる。
「エステル、僕はちゃあんと君を大人として見てるよ。だから、僕の部屋でオトナの時間をすごそ…」
ボスン!と鈍い音がしてアラゴルンがレゴラスの腹に蹴りを入れた。
「このヨコシマ・エルフ!」
続けてアラゴルンは2発目をお見舞いしようとさらにこぶしを振り上げたが、その腕を誰かにつかまれた。
「そのくらいで許しておやり」張りのある美しい声が柱廊に響いた。
「グロールフィンデル!」
乗馬や狩、剣などのあらゆる技を教えてくれた師匠、金華公とも呼ばれるエルフきっての武人の懐かしい顔をそこにみとめると、アラゴルンは陽が差したようにぱっと笑ってその広げた腕に飛び込んだ。
「エステル、いやもうアラゴルンと呼ばねばならぬのだな。来ていたなら何故わたしの元に顔を見せぬのだ」
アラゴルンは師匠から身を離して居住まいを正すと、胸に手をあて軽く目を伏せるエルフ式の礼をした。
「申し訳ありません。此度は長居はせず、すぐにでも立ち去るつもりだったので、あなたを煩わせるつもりはなかったのです」
「水臭いことを云うではない。おまえ…」
公はふと気づくと、アラゴルンの顔をそっと仰向かせるた。
「疲れた顔をしておるぞ。とにかく私の部屋に来るがよい」
★グロフィンとアラゴルンを見送る(鳶に油揚げをさらわれた)双子とレゴラス談
「おまいらのせいで、まーたエステルを金華公に持っていかれちゃったじゃないかぁ!」
「うーん、あの人が出てくると私らでも敵わないからなぁ」
「そんなのんびり云ってる場合か!どうせあんた達も、アルウェンにすげなくされて、触れなば落ちん風情になってるアラゴルン目当てで、このタイミングで出て来たくせに!」
レゴラスの言葉に、双子はお互いの目を見合わせるとにっこり笑って云った。
「私らは育ちがよいから、そんな」
「あからさまな物言いはしないのだよ。闇の森の王子」
「云わなくたって、思ってたら同じだっつーの!」
★そんなこんなをドアの隙間から見ていたアルウェンとその侍女
「エステルったら…、罪作りな人ね…(うっとり)」
「姫様、罪作りなのは、あなただとおもうんですけど」
「だって…」と、ふるふる頭を振ると、アルウェンは切なそうに云った。
「私たちのことは、お父様もみとめてくださらない訳だし…、ああエステルったら金華公にのこのこ付いていってしまったりして、どうなってしまうのかしら、(うっとり)」
侍女は心の中でぽそっとつぶやいた。
「その気があれば、お父上の意向なんか平気で無視できるくせに…」
エルフ達は、毎回アルウェンの部屋の前でアラゴルンの出待ちしてるんですかね。
それっていわゆるおこぼれ?。じゅる。