アルウェンVSファラミア
指輪戦争終結後の、ゴンドールのある朝のこと。


**最低の恋人

「ファラミア殿、少々お時間をよろしいかしら」 「我が麗しの妃殿下の為でしたら、何をさておいても。いかがされました」 この朝は、美しく晴れ渡った初夏。風はさらりと吹き渡り、登城の際、愛情のこもった微笑みで送り出してくれた妻はたとえようもなく美しく、都には王がおわす。ファラミアはいつになくさわやかな気分だったので、普段イマイチ相性がイイとは言えない夕星王妃にも、おおらかな気持ちで、世辞のひとつも軽々舌からすべり出た。
王妃の手を取り、執務室の隣に続く談話室へとエスコートすると、彼は控えの侍女に指図して、茶器を用意させた。手ずから香り高い茶を淹れて勧めると、王妃は優美な仕草でカップを持ち上げ、一口すすった。
白磁の肌に夕闇の髪。確かに、この方はたぐい稀な美貌の持ち主であらせられる。我が敬愛する主君、エレッサール王に相応しいご婦人は、およそ、この方しかいないであろう。むろん、ローハン王家の血筋に連なる、白い姫、美しく誇り高い我が妻を除けばの話ではあるが。
ファラミアは、自分の妻の姿を思い浮かべると、改めて己の幸運を思った。もし、エレッサール王がこの目の前の、確かに高貴なお方ではあるが、どうにも中身がイマイチ風変わりなご婦人と言い交わしていなかったら、今頃、自分はたぶんまだ独り身であったことであろうから。

この王妃がどう風変わりかというと、何かにつけ、陛下と自分を二人きりにしようとなさるのだ。何か目論みがあってのことらしいが、ファラミアにはそれが不愉快だった。臣として王に仕えるのは、執政家の者として生まれた義務だけではなく、彼にとって無上の喜びでもあった。ことに、仕える相手が、あのエレッサール陛下なら尚の事。王として仰ぐのに、あれほど相応しい方がこの世におわすものではない。自分の忠信に誇りを抱いている若い執政にとって、王妃が自分と陛下の間に期待しているらしい不可解な下心は、迷惑極まりないモノであった。エレッサール王に心からの忠誠を誓っている自分が、それ以上の、何か邪まな気持ちを抱いているかのように勘ぐられるのは。

「実は、ちょっと困ったことになってしまったんですの」
 珍しくしおらしい声で切り出され、ファラミアは自分の物思いから醒めると、茶器をテーブルに戻して向き直った。
「とは?」
「エレッサール様が…」
「陛下が、どうされました?」
「攫われてしまったみたいなんですの」
「…え?…ええっー!?」
 ファラミアは、思わず冷静な彼に似つかわしくない大声を出した。
「いったいどういうことです!誰が!?」
 王妃は、ちょっと困った顔で、上目遣いにファラミアを見上げた。
「あなたの、義兄上さまよ」
「まさか…!」
「そう、エオメル殿」

ことの起こりは、アルウェンとエオウィンがすっかり意気投合したところに遡る。戦後イシリアン大公としてイシリアンの地に居を構えたものの、執政職も兼ねる事になったファラミアは、普段の住まいはミナスティリスに居室を置き、大公妃のエオウィンが、ひと月の半分をイシリアンの城で女主(あるじ)として采配をふるい、残りの半月をミナスティリスの夫の下でと、半々に暮らすこととなった。
アルウェンとエオウィンは、出会うなり、たちまち意気投合して仲良くなった。大公妃の登城を心待ちにされているのは、執政殿よりむしろ妃殿下の方なのではとの、微笑ましい噂がたつほどに。

そんな中、親友の夕星王妃に促されて、エオウィンはある打ち明け話をしていた。それは、彼女の兄、ゴンドールの盟友ローハンの王エオメルが、最近とみに元気が無いという話で。
「馬鹿馬鹿しい!義兄も義兄だ!縁談を前にしての気鬱など、どこかの姫君でもあるまいし。だいたい、我が従兄妹、ドル・アムロス家のロシリエル姫に、いったい何のご不満がおありというのだ!?」
 ゴンドールの大貴族、イムラヒル大公の息女ロシリエル姫と、ローハンのエオメル王との間に縁組が持ち上がったのは、つい最近のことである。指輪戦争時に、イムラヒル大公が、娘の伴侶と・オてエオメルを見初めたのがきっかけであったのだが、両王国の更なる絆を強める為にもまたとない良縁と、ローハン、ゴンドール双王国から、絶大な支持を受けての縁談話であった。


エオメルは、ありがたくその申し出を拝聴しながらも、まだ若輩である事と、戦後処理の雑事に追われている事、そして何より、前ローハン王にして伯父であるセオデン王と従兄弟セオドレド王子の喪に服している事を理由に、断固、固辞していた。だが、見掛けは遠く古えのエルフの血を引く線の細い文人系のイムラヒル大公であるが、その中身はやはりエルフ族同様喰えない狸オヤジ。歳の功としたたかさで、歳若いローハン王の首を縦に振らせるのは、間も無くであろうと、中つ国中が朗報を待ちわびている有様であった。


「あら、ロシリエル姫にご不満などお持ちでないのは、知っていらっしゃるくせに。エオメル殿は、お若いのに王としての義務を心得ておられます。だからこそ、お悩みなのですわ。ご存知なくせに、ファラミア殿は、義兄上殿のことになると、いつもお心が狭くなりますのね」
 王妃に揶揄され、ファラミアは、芸術的な粋に及ぶ毒舌を発揮する口を閉じたが、ハラワタは煮えくり返る思いだった。
――――――王としての義務を心得ておられる方が、同盟国の、しかも主筋にあたる王を誘拐するものか!

 そんなファラミアに頓着せず、アルウェンは、ほうと、長く溜息をつくと、悩ましげに言った。
「エオウィンと色々お話をしていて、わたくしエオメル殿の真剣なお気持ちに打たれて、どうしても応援したくなってしまいましたの」
「応援って!自分の夫を他の男に斡旋するその神経が、わたしには理解できません!」
「あら、恋の橋渡しと言っていただきたいわ」
 若いローハン王が、指輪戦争で共に剣を抜いて戦ったエレッサール王に心酔しているのは、周知の事実だった。一本気で、若く何事にも情熱的なエオメルは、崇拝の情を隠したりしない。武人として真の男として、エレッサール王は、ローハン王の心を捉えていた。

 自分の主君が、他の武人達から尊敬されるに値する男だという事は、臣下としては誇らしい事だ。指輪戦争を通じて、武勇と人柄と指導者としての器量をこの世に知らしめ、全国民から望まれて王座についたゴンドールの帰還王の執政たる自分にとって、ローハン王の傾倒ぶりは、むしろ誇りに思ってもいい筈。だが、あの一途な若い義兄の目を見るたびに、何か不快なモノが胸を掠めることにファラミアは気付いていた。それは、おおっぴらにあの方への思慕を叫ぶ、大らかさへの嫉妬なのか。
 いや、ファラミアは気がついていた。ローハン王のそれは、崇拝を超え、恋に近いものだという事に。ファラミアにとって、それは決して見過ごすことは出来ぬことだった。敬愛する陛下に、そのような邪まな想いを寄せるなど万死に値するというもの。
「とにかく!それでどうされたんです」
「陛下への恋心が押さえ切れず、でも国王としての責務もおありになる。その狭間で、エオメル殿がこの縁談に心底苦悩しておられるのは、ファラミア殿も知っておいででしたでしょう?わたくし、どうしても何かお力になってさしあげたくて。いっそ、一度想いを遂げてみてはと、書状で事情をお伝えして、夕べ陛下のお部屋に忍んできていただくよう…」
がたんっと椅子がひっくりかえり、ファラミアが立ち上がった。
「陛下の寝室の南側の窓のね、鍵を外しておくと、お約束をしましたのよ」
こめかみをぴくぴくさせたファラミアが、必死に怒りを抑えて、それでと王妃を促した。
「それで、今朝、お二人はうまくいかれたかしらと、陛下の寝室にご様子を伺いに行きましたの。そうしたら、部屋はも抜けの空で、こんなものが」
と、王妃が一枚の書状をファラミアに手渡した。

 

親愛なる夕星王妃様へ

ほんの数日、エレッサール陛下をわたくしにお預けくいただきたく。
わたくしにおきましては、決して陛下に不埒な振る舞いをする気は毛頭なく。ただ、わずかの間、政務でお疲れの陛下に息抜きを差し上げたく候。
何卒、執政殿には、妃殿下よりよしなに。

エオメル(この数日の間だけは、国王にあらず)

書面を握り締めたファラミアの手が、わなわなと振るえた。
「な〜にが国王にあらずだ!あの、脳筋男!一国の王を誘拐しておいていけしゃあしゃあと!」
「そうですわよねぇ、不埒な振る舞いをする気がないなんて、本当に気が利かない」
びりり。ファラミアはエオメルの書状を破り捨てると、王妃に食ってかかった。
「そもそも!あなたという人は!この中つ国で一番尊い血筋のご婦人で、王妃としても国民の前では一応猫かぶって愛されている申し分のない方なのに!恋人としては最低ですな!」
「あら、心外ですわ。わたくし、エステルに恋する殿方は、どうしても応援してさしあげたくなるだけですのに。どうせなら、"寛大な恋人"と、云っていただきたいわ。あなただって、あの陛下のお側近くに仕えておいでなら、あの方に欲情なさる事がおありでしょう?エステルは昔から無自覚に罪作りで、わたくし、周りの方がお気の毒でしょうがないんですわ」
開き直った王妃に、ファラミアは低い声で言った。
「何のことを言われておいでか分かりませんね。私は陛下の忠実な臣下。王を汚すような振る舞いは、たとえ想像の中ででも致しません」
「あら、そうですの?」
「あたりまえです!」
 ファラミアが断言すると、王妃がにっこり微笑んだ。
「それは、エオウィンの友人としては、嬉しいお言葉ですわね。奥方一筋で、何よりですわ。わたくしとしては、ちょっと物足りませんケド」

 

「…しかたがない」
しばらく考えを巡らしているようであったが、ファラミアは意を決したように云った。
「わたしが行きます」
「行くって、どちらへ?」
「陛下を取り戻しにです。この一件、張本人がローハン王とあっては、秘密裏に事を運ばなければ、国家間の争いにまで発展しかねない。うかつに配下を動かす訳にはいきません」
「まあ、執政様みずから、陛下をお救いに行かれるんですのね?す・て・き(うっとり)」
「一番の原因を作った方に云われたくないですね」
「そんな、心にもないことをおっしゃって。国を離れれば王と執政もただの一人の男と男…。ファラミア殿の思い溜めていた妄想を、いよいよ実現するチャンスですわよ」


無邪気に云った王妃に、ファラミアが真顔になり、冷ややかな声で応じた。
「…妃殿下、もう少し反省の色をお見せにならないと、私は本気であなたから陛下を奪ってしまうかもしれませんよ」
ファラミアの眼は、真冬のブリザードよりも冷たかった。この目で一瞥された者は、大抵自分の家に逃げ帰って布団を頭から被り、一生そこから出てきたくなくなるのだが、当年とって3000とうん歳の王妃は、そんなものは意に介さない。
彼女は、ゴンドール国民を騙くらかす篭絡する、空に輝くエアレンディルの光もかくやと思われるほどの、とっておきの微笑みを返した。
「あら、それはもう、あなたの本気をぜひ見せてくださいませ、執政様。お留守の間、この国のことはイムラヒル大公や諸侯方とご相談して、なんとなくやっておきますから」
「なんとなくじゃ駄目です!(怒)」


とろい以外のLOTR本館のSSを書いたのは、すごーく久しぶりです。コンバンワ。
どうやら、私は真面目な長編を書く前に、必ずギャグネタのプロローグから始めるクセがあるようで。
というワケで、このギャグネタは、この後、真面目なエオ/アラと白ファラ/アラへと繋がる予定です。といっても、本編のスタートは、とろいを書きおえた後の、来年の3月ごろからだと思うんですが…(あ、今鬼が笑った?)。
国益と思慕の狭間で、エレ王を道連れに逃避行してしまったエオメル。それを追う、ファラミア。
硬派のエオメルと、陛下に指一本触れることさえ己に許さないストイックな白ファラ、とろいでのキャラ設定とは180度違うキャラを、思う存分動かしてみたいものです。楽しみv

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