**寝物語***
「まあ…」
アルウェンは、黒いまつげに縁取られた夕暮れの星のような瞳を、おおきく見開いた。
「それで、あなたはどうしたの?エステル。その男の部屋に強引に引きずり込まれて」
「どうって、もちろん私はそんな男のいいなりになるつもりはないから、そいつの顎と腹に蹴りを入れて、無事逃げ出したというわけさ」
「本当に何もされなかったの?」
「う、最初油断して、うっかり服の裾から手をいれられて肌を触られてしまったけど、で、でもそれだけだ。すぐに反撃したから」
「まあぁぁ…」
心なしかアルウェンの声にがっかりした響きがまじった。私の美しい恋人は、もっと私の武勇伝が聞きたかったのだな。そう思うと、アラゴルンの胸に愛しさが溢れた。
「そいつは、ケチな傭兵崩れだったから、そんなやつに腕力で勝ってもたいして自慢にはならないよ」
「じゃあ、じゃあ、あなたでも、もしかしてこのままヤられてしまうって、思うような相手に出会ったことはあって?」
うっとりと夢みる少女のようにアルウェンが尋ねた。
「殺られてしまうか…、もちろんあるが、そんな話をしてあなたを恐ろしがらせたくはないな」
「いいえ、エステル。わたくしはどんな小さな事でも、あなたの身に降りかかったことなら知っておきたいのよ。わたくしには、ガラドリエル様のような、世界を見通す力は無いのですから」
そう云うとアルウェンは、言い渋るアラゴルンに口付けした。アラゴルンはその柔らかい唇の甘さに易々と篭絡され、最近あった出来事をぼそぼそ話し始めた。
「そういえば…、酒場で乱闘してしまったんだ。その日はしたたかに酔っていて。そう、久しぶりにドゥネダインのハルバラドと会って、意気投合して飲みすぎてしまったのだ」
「あら、ハルバラド。わたくしはあの方が好きよ」
「ああ、いいヤツだ。あんないい腹心はいない。でも、あいつは酒癖が悪い。あの日は飲んでいるうちに、目が据わってきて、店にいた男たちの誰かれ構わず、からみだしたんだ」
それを聞くとアルウェンは、ころころと愛らしい声で笑った。
「当ててさしあげるわ。ハルバラドは『この人をじろじろ見るな!』と回りの者に声を荒げたのではなくって?」
「驚いたな、アルウェン。やはりあなたはガラドリエル様の才を受けついでいるのだな」
「いいえ、愛しいエステル。あなたを愛しているものなら、誰にでも容易に想像がつくだけのことよ。それで、どうなりましたの?」
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その日、ハルバラドは敬愛し、密かに思慕もしているドゥネダインの族長アラゴルンと酒場でサシで飲むという至福の時を味わっていた。どんな表情でも自分を魅了してやまない族長が、自分の前ですっかりくつろいでいる。お互い酒は強いほうだが、すでにボトルを3本空けたころ、なんとアラゴルンはストイックに身を包む野伏の服の襟元を、暑いと云ってはだけ始めたのだ。
ハルバラドはオロオロ、ワクワク、パニック寸前になった。
「ぞ、族長!まずい!それはやばいですよ」
「な〜にをいうてんだぁ?あ〜この野伏服ぅ、裂け谷のぉ、お養父上が送ってくるんだけどぉ、い〜っつもサイズピッタシなんだよねぇ、な〜んでわかるんだろ〜??ちょーっと痩せるとぉ、す〜ぐまたピ〜ッタシサイズが送られてくるんだぞぉ〜。エルフって不〜思〜議〜」
酔って舌足らずにしゃべるアラゴルンのかわいさにハルバラドはクラクラめまいがした。
「動きやすいんだけどぉ、やたらめ〜ったら無駄に紐が多〜くってぇ、脱ぎずらいー。う〜、めんどくせぇー!」
そ、それはエルロンド殿の親心。こうやって無自覚にフェロモン垂れ流すあなたがムザムザ襲われないように、わざとややこしくて容易に脱がせられない服を!ああ、エルロンド卿、心中お察し・\し上げます。
その時、ハルバラドは周りの男達の視線に気がついた。男達の視線を釘付けにしているのは、誰あろう、酔って椅子の背にしなだれかかっているアラゴルンの、前をはだけた服からのぞく白い肌。みな一様に目を血走らせて、アラゴルンを見つめている。はあはあと酒臭い乱れた息が、酒場中にエコーのように広がっていく。
しまった!ハルバラドの酔いは瞬時に醒めた。この人とこんな衆人環視の場で飲むなんて自分があさはかだった。普段見慣れているドゥネダイン達でさえ族長のフェロモンには対抗できないのに、免疫のない一般庶民の皆様がごらんになったら何が起こるか想像すべきだった!俺はこの人のエスコート役として、まだまだ修行が足りなーい!とかなんとか思っている内にも、アラゴルンを取り巻く欲情した男たちの輪がじりじりと狭まってきたので、ハルバラドも黙ってはいられなくなった。
すっくと剣を抜くと今にも襲い掛かろうとしている男たちに向かって云った。
「この人を不躾に見てはならぬ!」
「ぬぁにおぅ!青二才はすっこんでろ!」
「そうだ、俺達はその色っぽい兄ちゃんに用があるんだ、てめぇは…!」
みなまで言わせずにハルバラドがそいつの顎に一発お見舞いした。それを合図に酒場は大乱闘状態に突入!酔っ払って事情がわからないながらも、ハルバラドに殴りかかる男たちをアラゴルンも加勢して叩きのめす。精鋭のドゥネダイン相手に、酔った男たちの群れはあっさりのされてしまった。
「で、いったい何が原因だったんだ?」
戦いも終わり、酔いも醒めたアラゴルンがでふとわれに返ってハルバラドに尋ねてみた。
「……あなたって人は!」
あきれて口をぱくぱくさせるハルバラドにアラゴルンが一言云った。
「ハルバラド、おまえ、案外酒癖が悪いんだな」
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「…で、なんでかよくわからないんだが、ハルバラドはその後しばらく口を聞いてくれなかったんだ。」
夕星姫は再び、美しい声で笑った。
「アルウェン、何がそんなにおかしいんだい?」
「何って、何もかも。何もかもよエステル。私、やっぱりあなたが大好きだわ。あなたはなんてかわいらしいんでしょう」
アラゴルンは困惑したように眉をひそめた。
「可愛らしいといわれるのは心外なんだが…」
「まあ、ごめんなさい、殿方に、これは禁・蛯ナすものね。でも…」
でも、と云ってアルウェンは思い出し、またくつくつと笑う。
「アルウェン!」
笑い止まない恋人を寝椅子に組み伏せて、アラゴルンはいたずらな唇をふさぐと、そのままみごとに真白い首筋に舌をはわせようとした。その時。
「エステル、おいたはダメよ」
身を起こしたアルウェンにやんわりと制止された。
「お父様にもあなたが王になるまではいけないって、きつく云われているでしょう?」
「アルウェン、…私にはわからない。私があなたを迎える資格を手にする時が来るのか、その道はわたしには見えない。…時々、たまらなくなるんだ。あなたの何もかもが欲しくて、狂おしくなる…」
「愛しい人。大丈夫、わたくしはいつまででも待っていてよ。不死のものは決してあせらないの。永遠の時間が、わたくし達の味方なのですから」
「アルウェン…」
アラゴルンは熱い吐息とともに恋人の名を呼ぶと、唯一自分に許されているやわらかい唇に深く口付け、甘い息をむさぼった。
★アルウェン付き侍女達の会話----〈閑話休題〉
「世の中広しといえども、アラゴルン様のお誘いを撥ね付けられるのはウチの姫君くらいだと思うんだけど」
「そうよねェ。ここのエルフの殿方も、奥方達もアラゴルン様にはメロメロ。スキあらば、あわよくばっていう連中ばかり。エルロンド卿の厳しいガードがないと、大変なことになっちゃいそうな雰囲気よね」
「一度、夕星様に聞いてみたのよ。よくアラゴルン様に口説かれて冷静でいられますわねって」
「うんうん、そしたら?」
「そしたら、おっとりと、こうおっしゃったのよ」
『わたくし、エステルと出会った時は、すでに2000年以上生きていましたから、大抵の事は経験済みでしょう?殿方とのめくるめく情事にも、どうやら飽きてしまったらしくて…。最近思いますの。長く生きるというのはこういうことなのだわって。この頃は現実的なことより、頭であれこれ想像した方が萌えるみたいですの。エステルに触れられるより、エステルに欲情する殿方とのお話を聞く方がわくわくしますの。頬を染めるエステル。嫌がるエステル。心ならず感じてしまって狼狽するエステル。うふふ。
それに、わたくしがやんわり拒絶すると、それはもう、かわいらしいお顔をなさいますのよ、あの方。切ない恨めしいお顔で・Aわたくしを見上げたりなさって。肌を許したりしたら、もうあんなお顔は拝見できないと思うと、もったいなくて。そうね、せめてあと100年くらいは、今のままで楽しみたいと思っていてよ』
「へぇ〜、なんか深いわ、ウチの姫君。ワタシだってそれなりに年くってるし、萌え話にはわくわくするけど、アラゴルン様に直接行動に出られたら絶対断る自信なんかないわ」
「アタシだって!ところであんたいくつ?」
「ワタシ3021歳。あんたは?」
「アタシは4006歳」
二人は顔を見合わせた。
「こりゃ、歳の問題じゃないわね。やっぱ変わってるわ、ウチのお姫様」
ウチの王様、あと100年はおあずけくらうらしいです。いや、それだと王様の寿命から逆算して、ええ〜?
ごめんねマイ・ロード。あなたがストレートなのは知っているけど、そうはいかないのがアラ受けサイト。
っていうか、ウチのアルウェン、そこはかとなく精神的サド?
っていうか、りっぱな腐女子?