麾下



「何故、貴公御自ら向かわれない」
 非難と言うより、諫言と言うより。
 これではまるで恫喝だ。ハルバラドは唇を噛む。
 地を這うような低い声。
 大人げの無い様を晒したい訳では無い。自分の恫喝など児戯にも等しい。ただ微笑ましいと思わせるだけだ。この目の前の男には。
 それをこそ最も避けたいと欲するのに、平静である事が出来ない。
 この男の前では。
「可愛いエステル、と貴公は呼んでおられた筈だ。庇護し、剣を教え道を教えた。彼が独りで己が道を歩めるように。その方が、何故彼が最たる覚悟で赴く戦を傍観される。命も取られるかも知れぬ戦いに。貴公とて彼の者の永らえし配下を憎んでおられたのでは無いのか。サウロンを、滅したいと望まれたのでは無かったか」
 言葉は止まらなかった。
「彼を失っても構わぬと御考えか。愛して―――慈しんでおられたのでは無かったのか!」
「君も言っただろう。だから私は彼を導いたのだよ」
 堪らずに声を荒げた私に、豪奢な金糸の髪をたなびかせる不死の者は、ただうっすらと微笑んだのみだった。癇癪を起こした子供に対するように。……そして、故国に在るだろう者を思ってか、その笑みの趣を変える。
「彼が一人で戦えるように」
 慈父のような、穏やかな微笑。
「私が傍らに無くとも、戦えるように」
 切り捨てるような、酷薄な微笑。
「姫君から旗を運ぶよう頼まれたのだろう。行っておやり」
 肉体の生も死も潜り抜け、その上で生者として佇む男は、エルの御加護があるように、と笑んだ唇で祈りの句を奏でた。
 地団太を踏んだ子供が何を為し得るか、余暇の楽しみとして眺めようと言うように。
「……参りますよ。彼の傍らで、貴公の為し得ぬ事を致します」
「それが良い。人の子の世は、人の子とその助力で為さしめるべきだ」
「…………闇の森の王族は彼に付いたようですが」
「彼は未だ若いからね。人の子の持つ刹那の光に惹かれるのだろう」
「―――御高説は我が族長に遺漏無く申し伝えます故、御安心を」
「エステルは良い麾下を持ったね」
 糞忌々しいエルフめ。
「恐縮の至り。……では失礼致します、金華公」
 長居は無用だ。ハルバラドは辞去の礼を取り、厩へ足を向けた。

「巧く首尾が運んだら、御褒美と、失った命への慰めをあげようね、エステル」
 歌うように囁かれた声を、ハルバラドが耳にする事は無かった。










Durableの侑さまより、棚ぼたよろしく頂いてしまったグロフィンVSハルバラドです。謹んで挿絵を付けさせて頂きました。
感無量…、サイトを持って良かった(しみじみ)。侑さま、ありがとうございましたm(_ _)m
侑さまの、めくるめく重厚な文章の世界へはサイト名からどうぞv